初詣で神様に届く言葉|お子さんに伝えたい『必死に生きる』本当の意味

2026年もスタートし、初詣に行ってきたお子さんも多いと思います。
そのとき、お子さんに「どんなお参りをしたの?」と聞いたことはありますか?
「今年は試合で勝てますように」「選抜に選ばれますように」「強くなれますように」——ほとんどの子が”お願い”をしているはずです。
実はこの”お願いの仕方”が、お子さんの剣道人生、ひいてはこれからの生き方にまで影響する「とても大切な視点」を含んでいます。
そもそも、神様の気持ちになったことはありますか?
初詣が集中する1月1日〜3日、神社にはとんでもない人数が押し寄せます。
そのほとんどが「今年こそ○○を叶えてください」「宝くじを当ててください」というお願いなわけです。
じゃあ、神様の立場だったら?毎年その3日間だけ来る人と、普段から参拝してくれる人、どっちを見守りたいと思うでしょうか?
答えは明白です。「普段から来てくれる人」ですよね。
剣道も同じです。
大会のときだけ稽古に来て「今日は勝たせてください」と言う子と、毎週道場に通って一本一本を積み重ねている子、指導者としてどちらを応援したくなるか——考えるまでもありません。
「届かないお参り」でやりがちなNG3つ
NG①:初詣だけ行って「あとは放置」
1月1日にしか顔を出さない人は、神様にとっては”初対面”に近い状態です。
顔も名前も住所も覚えてもらっていないまま、いきなり願い事だけされても、応援のしようがない。
NG②:自己紹介なしにいきなりお願い
これは社会人でも同じですよね。初めて会った人に、挨拶もそこそこで「お金貸してください」と言われたら誰だって引きます。
名前も想いも伝えずにお願いだけを投げる——これが初詣でやりがちな失敗です。
NG③:感謝より要求が先に立っている
「今、健康に新年を迎えられていること」「家族と一緒に参拝できていること」——
それ自体が、本当はすごく有難いことなんです。当たり前を「有難う」と言い換えるだけで、お参りは一変します。
私が高校時代から続けている「本当に届くお参り」
私自身、高校時代から神社通いを欠かさずやってきました。
熊本城の敷地内にある加藤神社に、試合のない朝にマスク3枚をつけて往復5キロ。「勝たせてください」とは一度も言ったことがありません。
代わりに、いつもこう伝えていました。
・本日も元気でいさせてくれて、本当にありがとうございます
・強靭な肉体に産んでくださって、本当にありがとうございます
・今日も全力で挑戦していきます、どうぞ見守っていてください
これだけです。
大事なのは「手助けしてください」ではなく「見守っていてください」と伝えること。
必要なときに必要な形で力を貸してくれるのが神様で、時には「ここは試練を与えた方がいい」と判断してくれることもあると思っています。
それで、本当に勝てるようになるんですか?
お気持ち、よくわかります。でも「普段から通って感謝している」という土台がある人は、試練のあとに強くなる——これは日本一を9回獲ってきた中で、何度も実感してきたことです。

個別指導・講演会
日本一9回が、その場で癖を見つけて、その場で直す。
マンツーマン、または最大3名の少人数で、実際に竹刀を交えて稽古できます。動画や言葉では届かない”手元の違和感”を、1回の稽古で1つ以上持ち帰ってもらう。これが個別指導の一番の価値です。
- 日本一9回の経験をそのまま共有(同じ壁は必ず通ってきた)
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「必死に生きる」=「必ず死ぬ」という言葉の重み
最近、私がオープニングトークで必ず言っている言葉があります。
それは——「本日も必死に、最高の1日にしていきましょう」。
「必死」は「必ず死ぬ」と書きます。人間、いつか必ず死ぬ。だからこそ今日を全力で生きるしかない。
こういう話を聞いたことがありませんか。
昨日まで元気に話していたお父さん・お母さんが、次の朝になっても起きてこなくて、そのまま——という話です。
そのとき、残された家族が必ず思うのが「昨日、もっと話しておけばよかった」です。
全日本剣道連盟の登録剣士数は、長期的に減少傾向が続いています。
「今、お子さんと一緒に竹刀を握れている」——この時間そのものが、当たり前ではなく、ものすごく有難い時間なんです。
今日からお子さんと一緒にできる「小さな3歩」
では、この記事を読んだ今日、親子でできる小さな一歩を3つ挙げます。大げさなものは1つもありません。
夕食のときでも、寝る前でも構いません。「感謝が先に立つ子」は、人生の大事な場面で味方が増えます。
「○○大会に出ます」「今年はこう頑張ります」と”報告”する。これだけで神様との距離感がガラッと変わります。
「必ず死ぬ」から「必死に」。この1回の切り返しが、もしかしたら最後の切り返しかもしれない——そんな温度で竹刀を1回振るだけで、お子さんの稽古の質は変わります。
私がこの1年、必死にやりたいこと
私自身、「剣道界を本気で変えていきたい」と思っています。
先日も演武大会に出展させていただき、写真を撮ってくださる方、竹刀を購入してくださる方、一人ひとりと目を合わせて「今日、楽しかった?」と声をかけてきました。
それも全部、「次に会えるのが最後かもしれない」という気持ちを本気で持っているからです。
この武道を、お子さん世代にちゃんと残したい。そのために、私は必死に生きています。
お願いより、感謝。要求より、報告。そして、必死に生きること。
この3つが揃ったとき、神様も、指導者も、応援したくなる剣士に育っていきます。








